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宣言通り、今回はちゃんと小説と呼べるものを持ってまいりました。
蕎麦です。
芭蕉さん、介護されるの巻。
冬も近づいてきた長月のある夜。
曽良はゆっくりとした足取りで、師匠の庵へと向かうべく歩いていた。
今宵は十五夜。本来ならば美しい望月が夜空を支配し、この足下を照らしてくれるはずなのだが、生憎の曇り空のために辺りは真っ暗だった。足下が見えにくいのなら提灯を持てばいいのだが、彼はあまり提灯が好きではなかった。明るければ言うことなし、暗ければまたそれも良い。自然のまま、が曽良は好きだった。それに、月が無いからこそ情緒溢れるものもある。提灯は無粋であった。
しかし、切れ間にでも顔を覗かせてくれれば良いのに、そうすれば多感な彼は大いに感動し、句を詠んだだろう。曽良はぼんやりと虚空を見つめながら思った。快晴の中の月も美しいが、雲の切れ間に現れる月も美しいからだ。
「ごめんください」
師匠の庵に着くと、一言だけ断って、勝手に上がった。無用心なことだが、質素な暮らしを好むために、盗まれて困るものなどはあまり無いに違いない。
「芭蕉さん、居ないのですか」
外は真っ暗だというのに庵には灯りひとつさえ点っていなかった。誰かの家で句会に参加しているのだろうか、でもそんな話は聞いていない。
「芭蕉さん」
もう一度読んだ。返事は無い。
自分の家からここまで真っ暗な道のりを歩いてきたのだ、目は慣れている。居間に行くと、果たして芭蕉はそこに居た。寝ているようだ。
曽良は部屋の隅にある行灯に火を入れた。室内は柔らかい灯りに照らされた。
「起きて下さいよ」
丸まって寝ていた芭蕉の腹部に蹴りを入れる。
「ヒヒィン!痛っ、ちょ、誰・・・・」
芭蕉は慌てて身を起こした。
「僕ですよ」
「ああ、曽良くん・・・来てたの」
「真っ暗だったんで孤独死してるのかと思いました。」
「いやいや、殺さないでよ、松尾まだ元気だからね!現役バリバリ松尾!」
元気一杯だということを表したいのだろうが、どう見ても変な動きをしている芭蕉を無視して曽良は言った。
「こんな時間まで・・・昼寝にしては過ぎるんじゃないですか」
「ああ、それはね・・・・・・」
何か言いかけた芭蕉だったが、途中で盛大なくしゃみをした。鼻も出ているようだ。
「風邪ひいたんじゃないですか、何も掛けずに寝ていましたから。」
曽良は懐紙を芭蕉に差し出した。それで鼻をかみながら、そうかなあ、と芭蕉は呟く。
「とにかく布団に横になって下さい。布団を出すくらいはできるでしょう。」
「うん。」
やっぱり風邪かな、と思った瞬間、寒気が芭蕉を襲った。背筋が震える。頭が痛い。顔が熱い。視界もぼやけ、布団を出そうとして立ち上がった脚はふらついた。
「全く、足腰の弱いジジイなんですから」
危うく倒れそうになった芭蕉を曽良は抱きとめた。そうして芭蕉の身体を肩まで担ぎ上げ、片手で布団を引っ張り出してきた。芭蕉を横たえさせ、その顔色を見ると深い溜め息をつく。
「これは完全に風邪のようですね・・・」
額に手をのせると、驚くほど熱かった。
「まだ夕食はとっていないんでしょう。お粥なら食べれそうですか」
「うん、食べる・・・」
「なら作りましょう。その前に手拭い持ってきます。熱があるようですし。」
「うん、ありがと」
曽良は手拭いを取りに立ち上がった。芭蕉は柔らかい灯りが点る部屋にひとり残された。
芭蕉が倒れそうになったとき、曽良の顔は引きつっていた。非常な事態に、目は見開かれていた。平生は絶対にしない彼の表情を芭蕉は見たのだった。熱が余程高いのだろう、身体はだるいし、鼻も詰まって苦しいが、曽良の滅多に見せない表情を垣間見れたことは嬉しかった。
不意に、芭蕉は額へ濡れた手拭いが置かれるのに気付いた。曽良は戻ってきていた。
「冷たい・・・気持ち良いな・・・」
「お粥作ってきます。寝てて下さい」
足音が遠ざかっていく。台所へ向かったのだ。
また、ひとりになった。
普段からひとりでこの庵に住んでいる芭蕉にとって、ひとりということは何でもなかった。寂しいと感じることも無い。庭の木々や空の様子を見ているだけで心は満たされた。
けれども。今感じているのは明らかに寂しさだった。
「曽良くん」
掠れた声で名前を呼ぶ。
ああ、彼の名は自分の大好きな空と一緒だ。
そう思ったら何故だか涙が溢れてきた。
そして芭蕉は夢の世界へ引きずり込まれた。
泣いていたのか、と出来上がった粥を持ってきた曽良は芭蕉の顔を見て呟いた。明らかに頬には涙の跡があった。しばらく顔を眺めた後、額にのせていた手拭いでその跡を消してやる。手拭いはそのまま枕元の冷水を満たした桶に放り込み、芭蕉の頭を撫でて起こした。
「芭蕉さん、お粥が出来ました」
「・・・・・・ん、ありがと」
「起きれますか」
何とか自力で起き上がろうとする芭蕉だったが、どうも難しいようだ。曽良は無理だろうと最初から踏んでいたので抱えるようにして助け起こしてやった。そして肩と背中が冷えないように羽織を掛ける。
「ごめんね曽良くん」
「謝るなら早く治すことですね。ほら。」
曽良は粥を掬った匙を芭蕉の口元まで持っていった。
「え、いや、自分で食べるよ」
まるで親鳥が雛に餌付けするような状態に芭蕉は気付いて、慌てて拒否した。
「強がりは止めて下さい。自分でやって布団の上に零さない自信がありますか」
そう言われると芭蕉には自信が無かった。ために、大人しく口を開けることにした。
「おいしい。」
「味、分かるんですか」
「うん、鼻は詰まってるんだけどね、分かるよ。すごくおいしい。」
その言葉を聞いて曽良が少し照れたように見えたのは芭蕉の気のせいではないだろう。
そうして粥を半分ほど食べてしまうと、芭蕉は満腹になった。
「ごめん、もうお腹いっぱい」
「構いませんよ。多めに作ったんですから」
暖かいものを腹に収めたことにより、寒気は薄らいでいた。芭蕉は横たわり、自分の力で布団を被った。
それを見て、台所へ行って片付けをしようと腰を浮かせた曽良だったが、服の裾を引っ張られていることに気付いた。
「何・・・」
「行かんといて」
「え、」
「私が寝るまででいいから、側に居て」
いつになく必死な顔で頼み込むものだから、曽良は再び腰を下ろした。
「寝るまでですからね」
「うん」
芭蕉は安心して目を閉じた。時々、曽良が温くなった手拭いを替えてくれる。
彼が居れば、寂しくない。
随分と長い間寝ていたようだ。日が高い。もう昼前なのかもしれない。
寒気は完全に無くなっていた。頭痛も消えたようだ。依然として鼻は詰まっているが。
何か食べよう、そういや昨日曽良くんが作ってくれたお粥が残っているはずだ。温め直すか、と身体を起こした。
「・・・・・・あれ・・・」
隣には曽良が布団を並べて寝ていた。しかも芭蕉の手をしっかりと握って。
「・・・居てくれたんだ」
もう帰っていると当然思っていた。何せ自分は寝るまで側居てくれ、と言っただけだったから。
普段見ることの出来ない寝顔をまじまじと見つめる。整った顔立ちは誰が見ても美しいと思うだろう。すうすうと規則正しい寝息が可愛らしい。
思わず彼の頭を撫でていた。昨夜、彼がそうして起こしてくれたことを覚えている。眠りにつくときも、ずっと撫でていてくれた。
「芭蕉、さん・・・」
「あ、ごめんね起こしちゃった」
「いえ・・・具合はいかがですか」
曽良は寝ぼけ眼で芭蕉の顔を見ながら言った。
「うん、大分良くなった。曽良くんが看病してくれたおかげだよ」
「それは良かったです」
「うわ、」
急に曽良は今まで握って離さなかった芭蕉の手を引っ張った。自然、芭蕉は曽良の方へと倒れこむ。芭蕉は布団の中へと誘われ、柔らかく抱き締められた。曽良の匂いに包まれる。また眠たくなってきた。
「もう少し寝ていた方がいいですよ」
「うん・・・」
丁度良い人肌暖かさにまどろみ、今にも眠りに落ちようかという時、曽良が尋ねた。
「あの時、何を言いかけてたんですか」
「・・・え」
「僕が昼寝にしては過ぎるんじゃないですか、と言ったときですよ」
芭蕉はしばらく考え込んでからようやく口を開いた。そのことは完全に忘れていたようだ。
「・・・ああ、それね。」
「思い出しましたか」
「うん、昨日はね、夕日を沈むまで見ていたんだ。それで、沈み終わったら何だか急に眠たくなったから横になった、ってだけ。」
「夕日、ですか」
曽良は背筋が寒くなった。
夕日とはすなわち今日の終わり、そして眠りとはすなわち死を連想させる。日没、という言葉があるが、それはこのふたつを掛け合わせているように思える。他の人から見てみれば何てことのない芭蕉の発言は、曽良にとってそういった意味合いで捉えられた。
「曽良くん、今回みたいなことにならないようにちょくちょくうちへ来てよ」
「何で僕が・・・芭蕉さんが寝なければいい話でしょうが。」
「まあ、そうなんだけど」
にこにこと笑う芭蕉とは反対に、曽良は恐ろしくなっていた。
この人を失う時、僕は正気でいられるだろうか。気付けばこの人は僕の中であまりにも大きすぎる存在となっている。しかしどうせはその時が来るのは分かっている。いっそのこと依存をやめようか。いや、そんなことができないの分かっている。つまるところ、僕はこの人なしでは生きていけないのだ。
「曽良くん、どうしたの。難しい顔して。」
「いえ、なんでもありません」
もう考えるのはよそう。
今は大切な人が自分の腕の中にいることに満足だから。
少し強く抱き締める。
とくん、とくん。
心の臓は己の役目を忘れることなく、規則正しく、鼓動を打つ。
生きている。
生きて、ここに存在している。
それがこんなにも嬉しいことなのか。
早く治りますように、と願いながら頭を撫でる。
そうして、心地よいまどろみの中へと身をゆだねた。
貴方の居る世界は、こんなにも美しい。
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更新情報
5/22 細道一点
注意書き
日和、歴史系二時創作小説取り扱いサイト。
閲覧は全て自己責任でお願いします。
閲覧後、気分を害されましても管理人は一切責任を負いません。
差別的発言等相応しくない表現、また史実に沿わない表現があろうかと思います。
しかしあくまで一個人の思想、一個人の作品であることを予めご了承願います。
二時創作ですが掲載されている作品の著作権は管理人にあります。
無いとは思いますが、盗作・転載等はお止め下さい。
基本的に各キャラの性格や関係はそのお話ごとに違うと思って下さい。
つまり同一人物ではない、ということです。
同じとみなしてしまうと色々こんがらがってしまうと思います。
それを踏まえた上で御覧になって下さい。
日和→細道中心に、飛鳥、天国。受け攻め関係ない。話によって蕎麦だったり芭曽だったり、色々。シリーズ越えもするかもしんねえぜ。
バサラ→今はほぼ更新停止状態。真田主従、サナダテ、時々瀬戸内。こちらもあまり受け攻めは関係ない。
閲覧は全て自己責任でお願いします。
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無いとは思いますが、盗作・転載等はお止め下さい。
基本的に各キャラの性格や関係はそのお話ごとに違うと思って下さい。
つまり同一人物ではない、ということです。
同じとみなしてしまうと色々こんがらがってしまうと思います。
それを踏まえた上で御覧になって下さい。
日和→細道中心に、飛鳥、天国。受け攻め関係ない。話によって蕎麦だったり芭曽だったり、色々。シリーズ越えもするかもしんねえぜ。
バサラ→今はほぼ更新停止状態。真田主従、サナダテ、時々瀬戸内。こちらもあまり受け攻めは関係ない。
管理人
禮鴻 彪
2月7日生まれ。
太子と一緒の誕生日。
暇があれば妄想をしているちょっと残念な人。時間を持て余すことなど・・・ない!
今は日和中心だが歴史系には常に飢えている。普通に歴史小説も読むし、色々勉強したりもするが、ゲームをすることも多い。
BLにおいて受け攻めの拘りはない。リバ、いいよね!
2月7日生まれ。
太子と一緒の誕生日。
暇があれば妄想をしているちょっと残念な人。時間を持て余すことなど・・・ない!
今は日和中心だが歴史系には常に飢えている。普通に歴史小説も読むし、色々勉強したりもするが、ゲームをすることも多い。
BLにおいて受け攻めの拘りはない。リバ、いいよね!