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芭蕉追悼。
史実はほとんど無視です。
史実はほとんど無視です。
あの日も雨だった。
曽良は読んでいた本から目を離し、窓の外を眺めながら思った。しとしと降る雨にいい加減嫌気がさしてくる。降り落ちる水が屋根と地面に当たる音も鬱陶しい。音楽でもかけようか、そうすれば少しはこの音もかき消されるかもしれない。曽良は立ち上がり、リビングボードの上に置いてあるコンポの電源を入れた。常に入れっぱなしのCDが流れ出す。曽良のお気に入りのものであった。そうして、ソファに横たわり、曽良は目を瞑った。
屋根を雨粒が打つ。
俳聖、松尾芭蕉は死の床に就いていた。
今彼は部屋で一人きりだが、部屋の前では弟子たちが何やら話し合っていた。
「河合はまだ来ないのか?」
「さあ」
「文は」
「一応送りました」
「そうか・・・」
河合曽良は弟子の中でも優れた俳人であったが、どこか違うところがあった。悪く言えば、少し常識が無い、とでも言おうか。今も、師匠が死の淵にいるにも関わらず、来る気配は無い。
芭蕉は天井に向かってひとりごちた。
「曽良くん、来ないんだろうなあ・・・」
芭蕉には分かっていた。彼は来ない。私が死ぬなんて彼には堪えられないからだ。思えば、私が突き放すべきだったのかもしれない。彼は私に依存しすぎた。それを受け入れてしまった私の罪も相当に重いだろう。今更、遅いのだけど。
部屋の外で、布擦れの音がした。先ほどの弟子たちが厠にでもいったのだろう、彼らは夜も寝ずにずっと部屋の前に座っていた。私が何かあれば、すぐに皆に知らせられるように。
そんなこと、しなくてもいいのに。私は死ぬ間際まで弟子たちに迷惑をかけるのか。もう、君たちは十分一人でやっていけるほど素晴らしい俳人になったのだから私の元にいる必要なんてないのに。
そういえば、曽良くんにもこんなことを言った覚えがある。「もう君は私のところにいる必要なんてないんじゃないか」と。その言葉を言った瞬間、彼は悲痛な顔をした。断罪されるのかな、と思ったけど、彼はそのままふいとそっぽを向いて帰ってしまった。「もう私のところに来るな」と捉えてしまったらしい、彼は次の日、自宅にはいなかった。出て行ったのだ。私は必死に捜した。見つからない可能性のほうが高かった。彼が行き先を他の人に教えているはずが無い。それでも私は懸命に走り回った。見つかったときは多分彼に抱きついて泣きじゃくった気がする。そういう意味で言ったんじゃない、ただ私は、君がもう十分素晴らしい俳人になったから、自分で弟子も持ってやっていけるんじゃないか、私の元にいてもこれ以上学べることなんてないんじゃないか、と言っただけなんだ、と説明した。そうするとすぐに、僕は貴方の側にいて学べないことなんてありませんよ、と言われた。ああ、どうしてこんなに優しい子を傷付けてしまったんだろう、私は反省した。
再び布擦れの音がした。彼らが帰ってきたのだろう。足音は部屋の前で止まった。
「芭蕉さん」
病床に就いているにも関わらず私は跳ね起きた。
「そのままでいいです、寝ていて下さい。」
「曽良くん、どうして・・・?」
「お願いです、そのままで聞いていて下さい。決して障子を開けないで下さい。」
彼がお願いをするなんて初めてなものだから、私はうん、と頷いてその通りにした。
懐かしい声だ、いつ振りだろう、彼の声を聞くのは。障子にうつる影もまさしく彼のものだ。
「文が来たときは驚きました。つい数年前に僕と一緒に旅をした人が、いきなり、寝込むなんて。正直、間に合わないと思っていました。」
「はは、私は、君は来ないと思っていたよ。」
「僕も、最初は行く気が無かったんです。どうせ、僕も死んだら会えますから。」
「そういうとこ、君って夢見がちだよね」
「うるさいですよ。まあ、それで行かないでやろう、と思ったんですが、これを渡そうと思いまして。」
ほんの少し、障子が開けられ、何かが私の枕元へ放り投げられた。それを投げる彼の腕と、袖は泥だらけだった。そうか、急いで来たから旅姿のままなんだ。だから姿を見せたくないのか。綺麗好きな彼らしい、と思った。
枕元を見ると、異常にぐったりした物体があった。
「マーフィー君!!」
「ええ、旅の終わりに貴方が僕にくれたものです。僕はいらないんで貴方に返します。」
数年前にあげたものだから、少々ぼろくなっているだろうと思いながらそれを手に取ると、意外に綺麗だった。洗って干してくれたのだろう。それに、ほつれもない。彼が繕ってくれたに違いない。それを私は抱き締めて、ありがとう、と言った。しかし彼は意外だ、とでもいうふうに驚いた口調で返した。
「人にあげたモノ返してもらってそんなに嬉しいなら最初からくれないで頂けますか。」
照れ隠しだ。私が言ったありがとうの意味を知っていて彼はそう言っているのだ。
「それと、最後にもうひとつ。」
今度は短冊が放られた。
そこには、彼の字で一句書いてあった。彼は短冊については全く触れず、次の言葉を続ける。
「芭蕉さん、僕は貴方と過ごせたことを嬉しく思います。」
「え、曽良くん、これって・・・」
私はその句を読んで驚いた。
「今までありがとうございました、―――――師匠。」
影の動きで彼が座ったまま深く一礼をするのが分かった。そして影は立ち上がった。
「待って、行かないで!」
私は鉛のように重い身体に鞭を打ち、這い蹲って障子の側まで行った。なんとかそれを開ける。
そこに、彼の姿は無かった。
ドアチャイムの音で目が覚めた。とっくに曲は終わっていた。雨音がする。
「ったく、こんな雨の日に誰が・・・」
曽良はソファから身を起こし、玄関へ向かった。
扉を開ける。
「曽良くん!」
「・・・なんだ、ジジイか」
「なっ、何だよその言い草は!!酷くない!?」
「ああ、もううるさいですね、入るんなら入ってください。」
「おじゃましまーす」
全くもって最悪な日だ。彼の命日に彼の死んだ日の夢を見、そして夢から帰ってきたら彼が訪れてくるなんて。
しかしおかしいな、あの夢は僕自身の視点じゃなかった。芭蕉さんから見た僕のあの日だった。一体どういうことだろう、僕の脳が作り出した妄想だろうか。
芭蕉さんの持ってきた茶菓子に舌鼓を打ちながら、時々茶をすする。相変わらず雨足は弱まらない。
「ねえ、曽良くん。私、今朝に見た夢でね、あの日の曽良くんの夢を見たんだ。おかしいんだよ、私自身の視点で夢って見るはずなのに、曽良くんの視点からあの日を見たんだよ。」
・・・時に神様は何と面白い悪戯をしてくれるのだろう。
「曽良くん、あの句、大分前からできてたんだね」
「・・・だったら何なんです」
「遅いよ。何でもっと早く渡してくれなかったの?」
「え、」
「おかげで返事ができなかったじゃない」
「芭蕉さん?」
「はい、君の句に返すよ。」
手渡されたのは短冊。そこには僕の句に対する返事が書かれていた。
「ほんと、君は遅いんだから」
伝わらなくてもいい、と思っていた想いが、三百年越しでやっと、通じた。
僕は彼の暖かな身体を抱き締めた。
新たに迫る
輪廻の階段
お互い再び同じ世界に生まれ合わせたことの奇跡。
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更新情報
5/22 細道一点
注意書き
日和、歴史系二時創作小説取り扱いサイト。
閲覧は全て自己責任でお願いします。
閲覧後、気分を害されましても管理人は一切責任を負いません。
差別的発言等相応しくない表現、また史実に沿わない表現があろうかと思います。
しかしあくまで一個人の思想、一個人の作品であることを予めご了承願います。
二時創作ですが掲載されている作品の著作権は管理人にあります。
無いとは思いますが、盗作・転載等はお止め下さい。
基本的に各キャラの性格や関係はそのお話ごとに違うと思って下さい。
つまり同一人物ではない、ということです。
同じとみなしてしまうと色々こんがらがってしまうと思います。
それを踏まえた上で御覧になって下さい。
日和→細道中心に、飛鳥、天国。受け攻め関係ない。話によって蕎麦だったり芭曽だったり、色々。シリーズ越えもするかもしんねえぜ。
バサラ→今はほぼ更新停止状態。真田主従、サナダテ、時々瀬戸内。こちらもあまり受け攻めは関係ない。
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管理人
禮鴻 彪
2月7日生まれ。
太子と一緒の誕生日。
暇があれば妄想をしているちょっと残念な人。時間を持て余すことなど・・・ない!
今は日和中心だが歴史系には常に飢えている。普通に歴史小説も読むし、色々勉強したりもするが、ゲームをすることも多い。
BLにおいて受け攻めの拘りはない。リバ、いいよね!
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