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河合曽良三百回忌
暑い。
思わず立ち止まって杖をつき、一息入れる。下を向けば汗が滴り落ちた。さて、早く行かなくては。こんなところで休んでいる暇などない。まだ休みたいと悲鳴を上げる身体に鞭打ち、僕は一歩踏み出した。前を向けば果てなく続く一本道。陽炎が揺らめき、幻覚の水溜りが見える。そういえば竹筒の中の水も残り少ない。どこか小川でもあればいいのだが。民家がある様子は無いので、井戸水を汲める望みはないだろう。たしか川は地図に記載してあるはずだ。僕は鞄の中を探った。ああ、これだ。取り出して、川の在りかを探す。
しばらく何のことだか分からなかった。手にしている地図がこの辺りのものでないと理解したのはたっぷり数十秒後のことであった。おかしい、確かにここに入れたはず。ようやく歩き出したのに、また立ち止まり、肩から鞄を下ろした。地面にそれを置いて、中身を全て確認する。無い。目当ての地図はどこにも無い、見当たらない。ついさっきの分かれ道で見たことは覚えている。そこで落としたのだろうか。何にせよ、地図が無いのは致命傷だ。旅などできぬ。この暑さの中を引き返さなくてはならないのかと思うと気が滅入った。舌打ちをして、もう一度よく鞄の中を見た。やはり無い。癇癪を起こして中身を全てぶちまけてみたけれど、地図らしきものさえ出てこなかった。大きな溜息をつき、ぶちまけてしまったことを後悔しながら、荷物を整理した。鞄を肩にかけて立ち上がる。先程の地図を手にとった。どう見ても違う。何故こんな地図が鞄の中に。それをしまおうと思い、はっと、ある一点に目が留まった。分かった、この地図は、
僕の名を呼ぶ声がした。弾かれたように顔を上げる。少し先に、萌黄の小袖を着た翁がこちらに向かって手を振っていた。
まさか。そんなことがあるわけがない。彼はとっくの昔にこの世からいなくなった。
「芭蕉、さん・・・?」
僕はたどたどしい足どりで彼に近付く。
「そんな、馬鹿な、僕は、」
僕は幻覚でも見ているんじゃないか。そうだ、陽炎が立っていたではないか、これは陽炎の見せる幻覚に違いない。
「曽良くん。」
とうとう幻聴まで聞こえ出したか。暑さのせいだ、きっと。
「芭蕉さん、」
ああ、幻ならそうだと誰か言ってくれ。この
「曽良くん、久し振りだね。ほら、顔見せて。ずっと抱き締められてちゃ君の顔が見えやしない。」
僕はゆっくりと身体を離し、彼の目を見つめた。
「ふふ、曽良くん、何泣いてるの?」
彼は両手で僕の頬を包み、僕の涙を拭った。その笑顔を見て、目の前に居るのは本当に芭蕉さんなんだとようやく実感する。
「あのときのままだね。」
芭蕉さんのその言葉に僕が首を傾げると、芭蕉さんは続けて言った。
「君も、私も、あのときと一緒の姿だ。」
「いや、僕はもう・・・」
六十を過ぎた翁ですよ、と言いかけて止めた。芭蕉さんの頬を撫ぜていた自分の手が目に入ったのだった。深く刻み込まれていた皺が無い。そういえば心なしか身体も軽い気がする。先程まで重く感じていた荷物は、今はそうでもなくなっていた。
「さあ、行こう。また二人で旅をしよう。」
芭蕉さんが差し出した手に僕も自らの手を重ね、強く握った。
――あの松島の絶景、もう一度見たいなあ、こっから何日くらいかかるかな?
――芭蕉さんがさっさと歩いてくれればすぐに着きますよ。
――何だよそれ、それじゃあ私が歩くの遅いみたいだろ!
――実際そうでしょうが。
――酷男!曽良くんが早すぎるんだよー!
ぎゃあぎゃあと喚く芭蕉さんを尻目に地図を広げる。「松島」という字に朱墨で線が引かれているのを見て、僕は笑った。
この先どんなことがあろうとも、きっとこの手は離さない。
五月二十二日 河合曽良三百回忌
あとがき
補足ですけど、曽良くんは自分が死んだことにちゃんと気付いてます。
閲覧は全て自己責任でお願いします。
閲覧後、気分を害されましても管理人は一切責任を負いません。
差別的発言等相応しくない表現、また史実に沿わない表現があろうかと思います。
しかしあくまで一個人の思想、一個人の作品であることを予めご了承願います。
二時創作ですが掲載されている作品の著作権は管理人にあります。
無いとは思いますが、盗作・転載等はお止め下さい。
基本的に各キャラの性格や関係はそのお話ごとに違うと思って下さい。
つまり同一人物ではない、ということです。
同じとみなしてしまうと色々こんがらがってしまうと思います。
それを踏まえた上で御覧になって下さい。
日和→細道中心に、飛鳥、天国。受け攻め関係ない。話によって蕎麦だったり芭曽だったり、色々。シリーズ越えもするかもしんねえぜ。
バサラ→今はほぼ更新停止状態。真田主従、サナダテ、時々瀬戸内。こちらもあまり受け攻めは関係ない。
2月7日生まれ。
太子と一緒の誕生日。
暇があれば妄想をしているちょっと残念な人。時間を持て余すことなど・・・ない!
今は日和中心だが歴史系には常に飢えている。普通に歴史小説も読むし、色々勉強したりもするが、ゲームをすることも多い。
BLにおいて受け攻めの拘りはない。リバ、いいよね!